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広島地方裁判所 昭和63年(ワ)643号 判決

原告

村佐登

原告兼原告村佐訴訟代理人弁護士

森重知之

原告兼原告村佐同森重両名訴訟代理人弁護士

小笠豊

被告

右代表者法務大臣

高辻正己

右指定代理人

橋本良成

外二名

主文

一  本件請求中、山口地方裁判所岩国支部昭和六三年(モ)第一一号証拠保全申立事件の証拠保全決定正本及び検証期日呼出状の送達が適法であることの確認並びに国立岩国病院が右証拠保全決定に基づく提示命令を拒否した行為が違法であることの確認を求める部分の訴えをいずれも却下する。

二  原告らのその余の各請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  山口地方裁判所岩国支部昭和六三年(モ)第一一号証拠保全申立事件において、国立岩国病院を送達場所としてなされた同事件証拠保全決定正本及び検証期日呼出状の送達が適法であることを確認する。

2  国立岩国病院が、同証拠保全決定に基づく亡村佐達子にかかる診療録等の提示命令を拒否した行為が違法であることを確認する。

3  被告は、各原告に対し、それぞれ二万円を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告村佐は、亡村佐達子(以下「亡達子」という。)の夫であり、原告小笠、同森重は、原告村佐の代理人として後記証拠保全の申立をした者である。

2  本件の経緯

(一) 亡達子は、昭和六二年六月一八日、国立岩国病院(以下「本件国立病院」という。)において頸部腫瘤切除術を受けた後、意識不明となり、同病院で治療中の同年一一月三日、死亡した。

(二) 原告村佐は、原告小笠、同森重を代理人として、昭和六三年一月二八日、山口地方裁判所岩国支部(以下「岩国支部」という。)に、国を相手方とし、亡達子に対する本件国立病院による治療に際し作成された診療録等についての証拠保全として、それらの提示及び検証を求める申立てをし、同申立て(以下、「本件証拠保全の申立」という。)は岩国支部昭和六三年(モ)第一一号事件として係属した。

(三) 岩国支部は、昭和六三年二月三日、原告村佐の右申立てを認容する旨の証拠保全決定をし、同時に検証期日を同年同月九日と指定した。

(四) 岩国支部執行官は、右検証期日当日、検証に先立ち本件国立病院に赴き、同病院長に対し本件証拠保全決定正本及び検証期日呼出状を交付しようとしたが、同病院長が右送達書類の受領権限がないことを理由に受領を拒否したため、差置送達の方法による送達を行なった(以下「本件送達手続」という。)。

(五) 岩国支部担当裁判官及び申立代理人小笠及び同森重は、右検証期日に本件国立病院に赴き、亡達子に関する前記診療録等の提示を求めたところ、同病院長が、本件送達手続は有効でないことを理由にそれらの提示を拒否したため、検証を実施することができなかった。

3  違法性

(一)(1) 法人に対する送達は、法人の代表者に対してなすべきであるが、法人の代表者に対する送達は、代表者自身の事務所ではなくても、法人の営業所または事務所においても実施することができる(民事訴訟法一六九条一項ただし書)。

従って、国に対する送達の場合も、国の代表者である法務大臣の事務所のみならず国の事務所または営業所も右送達場所となる。

国立病院は国の事務所または営業所に該当するから、本件国立病院も本件送達書類の送達場所である。

(2) 国を第三債務者とする債権執行申立事件においては、どの機関が債務者の財産を所持または支配しているかが重要であるところから、現実に金銭の支払命令または現金前渡しを受けている係官に対して送達されている。

診療録等の証拠保全の場合も現実に診療録等を作成保管している当該病院宛に送達する方が診療録等の提示、検証の手続を進める上で便利である。

また、被告の主張するように、法務省または法務局において送達しなければならないとすると、数時間前あるいは数日前に相手方が証拠保全決定の存在を知ることになり、改ざんのおそれを保全事由としているにもかかわらず、かえって、相手方に改ざんの機会を与えることになる。これに対し、当該病院を送達場所としても、現実に診療録等を作成し保管する当該病院の病院長または事務担当官が立ち会えば、相手方の防禦・立会いの権利を侵害したことにはならない。

そして、法は、急速を要する場合は、証拠調期日の呼出状の送達を不要としている。

以上のことから、証拠保全の場合は、訴訟になった場合、法務大臣が国を代表するのとは切り離して、当該病院が送達場所となるというべきである。

(3) 従って、本件送達手続は、送達場所において、適法になされたものといえるから、本件国立病院長の前記診療録等の提示拒否行為は違法である。

(二) 本件国立病院長の右違法な提示拒否行為は、広島法務局訟務部長の指示によってなされたものである。

4  確認の利益

被告は、本件送達手続の適法性及び本件国立病院長の提示拒否行為の違法性を争っている。

5  責任

前記訟務部長の指示行為及び病院長の提示拒否行為は、いずれも公権力の行使に該当するから、国家賠償法一条一項、民法七一五条に基づき、被告は、原告らに対し、原告らが受けた損害を賠償すべき責任がある。

6  損害

(一) 原告らは、右各違法行為の結果、本件証拠保全決定に基づく検証を実施することができず、右検証のため本件国立病院に赴いた原告小笠、同森重は、一期日を無駄にすることになった。弁護士の出張日当は、日弁連報酬等基準規定により一日当たり二万円以上と定められているから、右各原告は少なくとも二万円の損害を受けた。また、原告らは、右検証が実施できなかったことにより、以後本件診療録等が改ざんされたのではないかとの不安と猜疑心に悩まされ続けたのみならず、本案を提起するにあたって、本件診療録等を検討したうえで請求原因を特定する機会を失った。

(二) 原告らは、右のとおり有形無形の損害を受け、その損害額は、原告らそれぞれにつき二万円を下らない。

7  よって、原告らは、被告に対し、本件送達手続が適法になされたことの確認及び国立病院の本件診療録等の提示拒否行為が違法であることの確認を求めるとともに、原告らそれぞれに対し前記損害のうち各二万円の損害賠償金の支払を求める。

二1  被告の本案前の主張

本件送達手続が適法であること及び本件国立病院長の本件診療録等の提示拒否行為が違法であることの確認を求める部分は、過去の法律関係を確認の対象とするものであるから確認の利益を欠き不適法である。

2  本案前の主張に対する原告の反論

国立病院または国立大学附属病院で起きた医療過誤事件について、証拠保全手続における送達を当該病院にすべきか法務大臣すべきかは、今後も同様に起こる問題であり、判決により決着がつけられるべき問題であるから、右紛争の抜本的な解決のため、本件送達手続の適法性及び本件国立病院長の診療録等の提示拒否行為の違法性の確認を求める利益がある。

三  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1及び2の事実は認める。同3は争う。同4の事実は認める。同5及び6は争う。

2  主張

(一) 国を当事者または参加人とする訴訟については、法務大臣が国を代表する(国の利害に関係ある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律一条、以下「権限法」という。)。したがって、民事訴訟法一六九条一項に規定する「送達を受くべき者」は、法務大臣であり、その所掌する事務を取り扱う官署である法務省が、同項に規定する法務大臣の「事務所」に該当する。そして、法務省の地方部局である法務局及び地方法務局も、法務省の取り扱う民事及び行政に関する争訟に関する事項についての事務を分掌する下部行政機関であるから(法務省設置法八条、法務省組織令六七条ないし六九条、法務局及び地方法務局組織規程四条、八条、一一条)、これら下部行政機関も法務省と並んで送達場所であると解される。

(二) 本件国立病院は、法務大臣の事務を所掌する法務省の下部行政機関に該当しないから法務大臣に対する訴訟書類の送達場所には該当しないし、また、本件国立病院長は民事訴訟法一六九条一項に規定する関係書類の送達を受くべき者にも該当しない。

(三) よって、本件送達手続は適法になされていないので、それを理由としてなした提示拒否行為も違法ではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  確認の訴えについて

原告らは、本件証拠保全申立事件における本件送達書類の送達手続が適法であること及び本件国立病院が、右送達手続が適法になされていないことを理由に、本件証拠保全決定に基づく提示命令を拒否した行為が、違法であることの確認を求めるが、右は、過去の事実または法律関係の確認を求めるものであることが明らかであり、不適法な訴えというべきである。

右の点について原告らは、同種証拠保全事件における訴訟書類の送達場所に関する紛争を解決する必要があり、その点において本件確認の訴えには確認の利益がある旨主張するが、仮に、判決によって、原告らが確認を求めるところを判断したとしても、それは、本件事件に関しては紛争解決基準となり得ても、将来発生する同種事件の紛争解決基準とならないことは民事訴訟制度上明らかであって、原告らの右主張は採用できない。

二  損害賠償請求について

1  請求原因1(当事者)及び同2(本件の経緯)の各事実は当事者間に争いがない。

2  本件送達手続の適法性について

(一)  証拠保全手続は、本来訴訟においてなされるべき証拠調べを予め行なって、その結果を保全しておくための訴訟手続であり、右証拠調べの結果を将来訴訟において使用することを予定している点において判決手続に付随する訴訟手続である。

(二)  ところで、国のすべての行政事務は、内閣の責任の下に遂行され、内閣は、内閣を構成する大臣にそれぞれ一定の行政事務を分担管理させることを原則とし(内閣法三条)、各大臣は、行政機関である総理府及び各省の長となり、総理府及び各省は、各大臣が分担管理する行政事務を所掌事務とし、それらの遂行につき権限を有する。右所掌事務及び権限は、憲法、法律または法律の委任に基づく命令によって、その目的と種類によって区分され、総理府及び各省等の行政機関に配分されている(国家行政組織法三条、四条)。

行政機関は、その所掌事務とされた事項については、有効に国の意思を決定表示する権限をもつ一方、他の行政機関の所掌事務とされた事項については、行為することはできない。

(三)  これを、国が当事者となってする訴訟手続についてみると、国を当事者または参加人とする訴訟においては法務大臣が国を代表し(権限法一条)、国の利害に関する民事・行政に関する争訟に関する事項については法務省の所掌事務とされ、その下部行政機関である法務局及び地方法務局が分掌するものと定められ(法務省設置法二条四号、三条二五号、二六号、八条一項、法務省組織令六七条一項、六九条)右所掌事務の関する処理手続についても内部規定によって、詳細に定められている(法務局及び地方法務局訟務処理規程、法務局及び地方法務局訟務処理細則)。

証拠保全手続が、訴訟手続であることは前記のとおりであるから、右により、法務省または法務局・地方法務局が、国を相手方とする証拠保全手続における送達書類の受領権限を有するというべきである。

本件送達書類が、本件国立病院長に対し、差置送達の方法によって送達されたことは、前記のとおり当事者間に争いがないが、右病院長が、法務省の下部行政機関ではないことは明らかであり、また、国立病院長に、国を当事者とする訴訟に関する権限を与える旨定める法令は存在しないから、本件国立病院長は、本件送達書類の受領権限を有していない。

原告らが、例としてあげる国を第三債務者とする債権執行事件においては、「政府ノ債務ニ対シ差押命令ヲ受クル場合ノ会計上ノ規程」一条により、当該係官に送達受領権限が与えられているのであり、送達受領権限につき法令上の根拠をもたない国立病院長については同様に論じ得ないのであるから、右例は適当ではない。

また、行政機関の権限は、前記のとおり法令により厳格に定められているのであるから、原告ら主張の必要性があるとしても、それのみで国立病院長に送達受領権限があるということはできない。

原告らは、民事訴訟法一六九条一項ただし書により、本件国立病院も送達場所であるから本件送達手続は適法である旨主張し、甲第二一号証にはこれに添う見解の記載があるが、前記のとおり、本件送達手続は、差置送達の方法で行なわれ、差置送達においては、本来の送達場所において、送達受領権限のある者または送達書類の交付を受くべき者に対し行なわれることが適法要件とされてるところ(民事訴訟法一七一条二項)、本件国立病院長に送達受領権限がないことは前記のとおりであり、同院長が送達書類の交付を受くべき者に該当しないことは明らかであるから、本件差置送達は、すでに、この点において適法要件を欠くものであり、本件送達手続が適法であるということはできない。

3  そうすると、本件送達手続が適法になされたことを前提とする本件損害賠償請求は、その余の点については判断するまでもなく理由がない。

4  以上の次第で、原告らの本件確認の訴えはいずれも却下し、本件損害賠償請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 出嵜正清 裁判官 内藤紘二 裁判官 飯田恭示)

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